印パ国境で想う。
カシミア山羊が断崖絶壁を軽々と登り、白く長いひげの山羊飼いのおじいさん達が柔らかな草の上にすわり、のんびりと話をしている。なんという光景。ここは桃源郷か。あまりの美しさにしばし、呆然とする。
インドの最北、カシミール地方はその美しさとは裏腹に、領有をめぐって、今もインド、パキスタン、中国の3国がにらみ合いを続けるデンジャラス・ゾーンだ。
今回の話の舞台カールギルは、印パの停戦ライン、事実上の国境付近にあり、1999年、第4次印パ戦争と呼ぶ人もいる「カールギルの戦い」があったところだ。
印パ戦争は、新しい国づくりをめぐって、マハトマ・ガンジーらが主張した、統一インド論と、イスラム教徒の国とヒンズー教徒の国を分けるべきとする二国家論が国をあげての大論争となり、結局、1947年、イスラム教徒が住む東西のパキスタンとヒンズー教徒の国に分かれて英国から独立したが、そのときからの因縁だ。最後まで分離独立に反対したマハトマ・ガンジーは半年後、ヒンズー教徒に暗殺されている。
印パをめぐる情勢は近年ますます複雑化し、小競り合いは今も続いている。そんなわけで、国境付近は軍の駐屯地が点在し、両軍が対峙している。

道路に沿って、国境の壁がある。その一角に壁が崩されたところがあった。せっかくだから写真を撮ろうと車を降りた。写真の手前がインド、向こう側がパキスタンである。何とも言えない緊張感があった。
その時だ。手前の方から銃声が聞こえた。空砲なのかもしれないが、思わず、身構えた。すると、今度は別の方向からまた銃声が響いた。
危うい均衡は簡単に崩れるような気がした。戦いはすぐそこにある。
本来、インド人は宗教的な融和を大切にする人達だと思う。ムガール帝国のアクバル大帝はイスラム教徒だったが、ヒンズー教はいうに及ばず、キリスト教にも深い関心を示し、自由闊達な議論を許したと聞く。また、ヒンズー教と一括りにされてはいても、その中身は実に多様、多彩でその包容力には驚くばかりだ。それでも、宗教対立はなくならない。

銃声に恐ろしくなった私は車に飛び乗った。
因みに、「カールギルの戦い」で戦ったインド兵士の多くは、シーク教徒だったと聞く。